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September 13, 2019

 

9月2日未明、祖母が天国へ旅立ちました。

最後まで意識があるなか、
痛みに耐え、その命を生き抜いた祖母の姿は
とても立派でした。

今年の3月から入退院を繰り返していた祖母の心臓は、いつ何が起こってもおかしくないと医者から言われていたこともあり、覚悟はしていたものの、何度も奇跡的な回復を見せては家族を安堵させてきました。

祖母が亡くなる二日前、
母からの連絡で急いで翌日の飛行機のチケットを手配した私は、不思議と不安はなく、
「ばあちゃんはきっと待っていてくれる…」
何故かそう確信していた。

成田空港に向かう前病室にいる母に電話をし、
今から帰ることを伝えると、
母は祖母の耳元に携帯を置き私の声を聞かせた。

「ばあちゃん、今から帰るよ!」

そう伝えると、
ほとんど声とは言えないような荒い息で
「はい…」と確かに答えてくれた。
その声からは、待ってるよ!というばあちゃんの強い意志がひしひしと伝わってきた…

鹿児島空港に到着し、
急きょ迎えに駆け付けてくれた友達の車で
枕崎の病院へと向かい、
病院についたのは18時を回っていた。

病室に入ると、すでに親族が集まり、
祖母との時間を過ごしていた。

「舞が帰って来たよ!ばあちゃん、わかる?」
家族の問いに、祖母は頷いて見せた。

痩せ細った体は、もう限界を超えている心臓によって痛め付けられ、眠ることも出来ないほどのしんどさにうめき声をあげる祖母の姿に
胸が詰まった…

家族が代わる代わる、
祖母の身体を擦り話しかけている…

もう何日か、この状態が続いている。

「スイカ…」
私には聞き取れない声を家族は聞き逃さず、
スイカの汁を一口飲ませた。

祖母はもう食べ物を受け付けなかったが、
何日か前から、スイカと牛乳だけは欲している。

懸命に生きるその姿に、家族中が感心していた。

祖母はその後も痛みと闘っていたが、
昨日よりも状態がいいことから、
それぞれ帰宅することになった。

「ばあちゃん、また明日ね!」
孫やひ孫の声に、祖母は必ず頷いて見せる…

私はまだ来たばかりと言うこともあり、
もう少し居させてもらうことになった。

祖母の身体を擦りながら、
少しでも楽になるようにと祈り続ける…
そんな時、祖母がパッと眼を見開き私の顔を直視した…

しばらくすると、
眼を閉じ祖母は手を差し伸べてきた…

私はその手を握る…
祖母もしっかりと握り返す…

痩せ細った体から想像つかないほどの力強さと、温かさが感じられた。

そろそろ帰ったほうがいいね…
家族に促され、後ろ髪を引かれる思いではあったけど、祖母に帰ることを告げた。

祖母は変わらず、頷いて見せた…

病院から車で15分ほどの実家に到着し、
ふと夜空を見上げると、
満天の星空が私を迎えてくれていた…

そうか…帰ってきたんだな…

家に入ると、一足先に帰っていた母が、
身支度を整え、また病院へと向かっていった。

病室には、母と母の弟、妹の三人が泊まることになっていた。

私は疲れていたが、
なかなか眠りにつくことが出来ずにいた。

何かソワソワし、連絡がないかと携帯をみたのが3時頃、何も連絡はなかったのでまた無理にでも眠ることにした。

4時半頃、姉の声で起こされる…

「ばあちゃんが、死んじゃった…」

「えっ?!」

私は耳を疑ったが、
携帯を見ると叔母からの連絡に、
少しずつ現実を受け止め始めていた…

ばあちゃん、よく頑張ったね。お疲れ様。
そしてありがとう…

家族みんな、悲しみを通り越して、
きっとそんな思いだったんじゃないかなと思う。

祖母は最後まで意識をしっかり持ち、
痛みもあったという。

祖母は、家族の誰もが後悔しないように生き続けた。

まさに、誰よりも家族を想い、
愛された人でした。

我が子に見守られながらその命を全うした
祖母の姿を想う…

祖母の手の温もりが、今も私の中に残っている…

9月2日 3時56分
享年87歳 永眠 

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